俺は、君のためにこそ死ににいく

脚本製作石原慎太郎
こういう映画は自分にエネルギーのある時じゃないと。。と前も思ってたけど、今回も夫の手が伸び。。まあ興味はあったが覚悟して観た。
やっぱりなー、もうズルズルダーダーになっちまいましたよ。。
なんかことさらに泣かそう、泣かそうとしてないか?!

そもそも石原慎太郎が、戦時中軍の指定食堂を営んでいたトメさんとは親交があったそうで。
実際に本人から話を聞いて脚本を書いたそうなので、それなりの期待はしていたのだが、トメさんが何故岸恵子なのか!?
そこが一番疑問で、きっと石原慎太郎が岸ファンなのだろうと思ったら、やはりその通りだったようだ。どうもトメさんの晩年のイメージが強いからか違和感を抱いてしまうのだが、実際トメさんはかなり美しい人だったらしく、当時は40そこそこくらいのはずだから岸恵子じゃフケ過ぎだったということで。そう考えれば納得。

そういえば、以前トメさんと特攻隊員を取り上げたドキュメンタリーで見ていたのだが、信州上田からやってきた青年の出撃前と後のエピソードのシーンで思い出した。
上田は蛍が有名なところなんだけど、死んだら蛍になって戻ってくるよ。。
と言った青年が戦死した後、庭に本当に蛍がやってきて、皆で「○○が戻ってきたよ!」と言ったのだそうだ。

特攻については、いろいろな考えがあると思う。
そもそも志願と言う名の強制だったとも聞くし。
誰もが御国のために喜んで身を投げ出したわけじゃない。
皆死ぬのが恐くて、どうしようもなかったと思う。
勝つと信じて飛んだ青年も中にはいるかもしれないが、「きけわだつみの声」のモデルとなった上原良司は負けると確信しての出撃だったと。。

現実にそのような時代に生きていないあたしたちがどれだけ考えたとしても、それは想像にしか過ぎないことだし、理解しようとしても到底無理な話である。
それでも本当にあったことを自分なりに考える、良いきっかけをこの映画は与えてくれるんじゃないか。しかしこのテーマの邦画は制作費、役者層など考えてもなかなか作るのが難しいのではなかろうか。。と心底思ったのだった。

※トメさんは平成4年に他界しており、「富屋食堂」は今は富屋旅館として営業しているそうである。
鳥濵トメと富屋旅館のホームページ
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by suga_m | 2008-03-07 15:09 | 映画
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