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ダンサー・イン・ザ・ダーク

「ドッグヴィル」のラース・フォントリアー監督の作品だとは、ちょっと前まで知らなかった。
あれはかなりきつい映画なので、先に見ていて良かったかもしれない。あれに比べたらこの映画は「ある意味」生温いかもしれない。監督もそう思ったから「ドッグヴィル」を作ったんだろうし。

正直ミュージカルが劇中に入るというのが、ミュージカルを理解できない私といっちゃんには「どんなもんか」と言った感じもあった。
死人が蘇って一緒に歌い踊るのを見た時には「おいおいおい。。」とズッコケそうになった。
でもあれがセルマの心の叫びを上手く表しているという事なんだろうな。

彼女を理解する友達も上司も、彼女に好意を寄せてそっと見守る人間もいる。費用が足りないというのに手術してくれる医者や、彼女をかばう女性看守。悪い人間がいない。唯一友達の警察官とその妻くらいか。しかし彼等も元々は、友達思いの優しい人間であった。。そんな中でのあのストーリー展開と結末。
この映画を見た人の多くが、きっと「なんでこんなの見ちゃったんだろう」と思うに違いない。ひょっとすると「なんでこんな映画作ったんだ」と監督を恨めしく思う人もいるだろう。

「これは最期の歌じゃない」「最期から2番目の歌」
切々と歌い上げるセルマにじわりと涙がこぼれてくる。しかしこの監督がこれで許してくれる訳が無い。だってそれがラースなんだから。。


ほら来る。。もう来る。。


予想通りだが、きついラストシーン。
この監督は非常に面白いと思うが、作品はお勧めはしない。

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by suga_m | 2005-04-11 08:19 | 映画

ドッグヴィル

このラース・フォン・トリアーって監督は、どういう人なんだろ。

セットとは名ばかりの,だだっ広いスタジオの床に白線で描いた村ドッグヴィル(犬の村)。メインストリートと、その両側に家々。最少限の家具くらいしかなく、あとは照明と音と俳優だけ。家には壁もドアもない。こんな舞台のセットのようなところで、177分のストーリー全てが進んで行く。

はじめの違和感は、見ているうちに慣れて行く。
しかし、この「ある物をないように」「ない物をあるように」演じるというのは、俳優にとってどうなんだろう?
特に後半グレースがレイプされてしまうところは、芝居では家の中だから(外にいる設定の)他の村人からは見えない。しかし、実際は壁も何もないのだから、そこでの芝居は他に丸見えである。
どこが辛かったかと言ったら、ここが一番辛かったかもしれない。。。

山間の小さな村。そこにしかない奇妙な暗黙のルールのようなもの。一歩外に出たら通用しない。そういうもの。実際に自分が経験した事がオーバーラップし(もちろんそんな犯罪のようなことではないし、村の規模も比較にならないが)、現実にありそうなリアリティをひしひしと感じた。

これを見て「スカッとした」という人もいくらかいたようで、「どこがだろう」と思ったら、ラストのシーンのことだった。まあ、そう言われたらそうかもしれない。
そのくらいして当然の罪が、村人たちにはあった。
でも、グレースとその父親たちはどうなんだろう?
傲慢と残酷さ。
人間誰でも持ってる部分。それがあのドッグヴィルの小さな村の中に凝縮されていた。
私にとっては、すっきりとしない、後味の悪い話だった。
(またしても、こんな精神状態で見る映画じゃないものを選択している自分。。)学習が足りない。


最後に奇跡的に生き残る犬のモーゼス。↓(もちろん絵のみ)ここにどんな意味が込められていたんだろう。



ニコール・キッドマンも他の俳優の演技も、とても素晴らしい。

「ドッグヴィルの告白」と「ダンサー・イン・ザ・ダーク」、ちょっと見てみたい気持ちになった。
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by suga_m | 2005-02-23 20:14 | 映画